渋谷

中高・大学教養課程と、10代に(私にもそんな時代が。)お世話になった渋谷のまち。溢れる情報量と雑踏の中の瞬間的進路判定の処理が億劫になってからはすっかり足が遠のいてしまいました。そうこうしているうちに、思い出の残る場所はお店も建物もことごとく無くなってしまいました。駅もどんどん改良されて、よく学校帰りや遊び帰りに使っていたJRの玉川改札も今日で閉鎖だというので、久しぶりに駅回りだけ一周してみてきました。

私の記憶の欠片があるとすれば、新島モヤイ像が辛うじてあるくらい。かなり寂しい。

このあとこの街で時間を過ごすひとたちにとって、ここでの記憶はどんな場所に紐付けられていくのだろう。それともネット社会の中ではもはや場所はそんな個人的な意味を引き受ける役割すら求められなくなるのだろうか。

今日、2年生と3年生の課題で万世橋橋詰広場の設計提案のエスキスをした。「サラリーマンが、街行く人が」という発言はあったが、自らの体験に引き寄せてまちに意味を見出している提案はほぼなかった。

教える側の責任でもある。

玉川改札は本日で閉鎖
右端にモヤイ像。約束の時間にピンポイントに待ち合わせ場所に来て人と会う。会えない時の不安感が懐かしい。
デパートの屋上の遊園地だと思えばそういうものかもしれない。
この「賑わい」は時間の蓄積に耐えるのか。

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